雨森芳洲(1668〜1755)は高月町雨森に生れたと伝えられる江戸時代中期の儒学者で、朝鮮外交の窓口である対馬藩に仕えました。
芳洲はみずから韓国語や中国語を学び、『誠信外交』つまり「外交の基本は真心の交わりである」と主張し、日本と朝鮮の善隣外交に尽力するなど、朝鮮通信使と深いかかわりを持っていました。
参加者からのコメント(20代男性)
「今回の見学会に参加し、初めて雨森芳洲先生のことを知りました。江戸時代より、他国の文化・言葉を学び親交がした雨森芳洲先生の精神が、現在も滋賀県伊賀郡高月町雨森の方たちに受け継がれ、韓国の方との交流が盛んに行われていることに、感激をいたしました。」
西碧支部 崔勝美事務部長からのコメント
「韓国と日本とのゆかりの地を訪ねるということで、支部としても初めての取り組みでした。反省する点も色々あったとは思いますが、この経験を活かして来年はもっといい集いになるよう頑張りたいと思います。楽しかったです。参加者のヨロブン!ご協力カムサハムニダ!」